1)都市論集III – VIII 人間回復のまちづくり理論

1)VIII  人間回復のまちづくり理論-私の視点(P.524)

この一編は「若竹まちづくり研究所」編の「人間回復のまちづくり理論」の巻頭論文である。昭和六十年に刊行され約五〇枚程度の短い論文である。しかし、その短さのなかに、私の都市研究のゴールが含まれているので、あえて収録したのである。

その視点は“まちづくり”は建物や施設など構造をつくるだけではない。人権尊重を背景にした“人間づくり”という側面がある。基本的人権が確立されない限り、いわゆる“まちづくり”などといえないという主張である。したがって、

第一は、都市の底辺の研究を進めてゆくなかに、構造や施設にまで染み込んでいる体制の問題がある。いわゆる“被差別部落”が、わが国の都市発展の経過のなかで見逃すことの出来ない事実として提起される。その問題の解決に努力することは、“人間解放”となるのである。

第二は、“ふるさと”という甘美な言葉の無造作な使い方を指摘している。日本の都市研究の決定的な欠陥は、都市の形成を“景観・構造”としてのみとらえ、そこで生活する“人間・市民”を無視していることである。たとえ都市の景観がどのように華麗であっても、住む人間がそこを“ふるさと”と呼べないような背景があっては問題にならない。

都市は“自由コミュニテイ”であってこそ人間にとって存在の意義がある。

第三に、以上のような視点を二一世紀に向けて展開すれば、都市-とくに日本の都市は、それを構成する住民がどれだけ自由を確保しているか、具体的には、多くの都市が国家という体制の支配の下にあることから、国家に対してどれだけの“自由・自治”をもっているかという問題である。

以上のような視点をまとめて、“まちづくり”は、“人権回復”がその目標だとしている。

この論集には収録しなかったが、私は「都市憲章」(鹿島出版会、昭和五三年)というのを書いている。デロス会議等を通して欧米の都市の実態を知ること、そこで、“都市自治”といわれるもののなかには、国家体制との“闘い”のなかから得たものがある。

私が最後のIX章に“新稿”として書いたまとめのなかにも、二一世紀の都市問題は、「都市と国家の共存か併存か」という課題であると指摘している。

このように推論していてゆくと都市をテクノロジーやマネジメントなど“技術・方法論”でまとめることは間違いである。これからの都市に“発展”を期待するならば、“人権の樹立”こそがその目標だということになる。

—–著者 磯村英一(いそむら えいいち、1903年1月10日 – 1997年4月5日)は、日本の都市社会学研究者)

「VIII 人間回復のまちづくり理論」巻頭より

磯村英一都市論集III-VIII 人間回復のまちづくり理論.pdf

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